印Let's Write The Japanese First Light Novel.
Since 2012-06-01
Update 2014-07-01
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第1巻 時間と歴史

第2巻 羅述と衛姥

第3巻 事件と救出

第4巻 牛肉と麦酒

第5巻 旅路と佐渡


主要キャラ 画像



枕草子 原文 全323段




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- 【俺のラノベは平安絵巻】 第1巻:page 8 -
 しばらくして伊周さまと一緒に食事である。
 歳はほとんど同じだけど、貫禄もオーラも、普通の高校生の俺とは段違いだ。当然のように酒も嗜まれる。俺も飲んでみるとイケそうなので酒盛りになった。歓迎会というところだろうか。
 貴族どころかほぼ天下人の家系だから、いい酒があるっぽい。
 御酒というのは甘口で旨い。日本酒と大差ないと思うが、ちょっと白いかもしれない。こういう平らな皿で飲むんだら三三九度を連想した。伊周さまと? いかん、俺は腐界に堕ちる気はない。
 飲みながら伊周さまと色々と話した。いい人なのもよく分かったよ。ただ、「光」「伊周さま」と呼び合っているので、ゆかりに聞かれたら伊周さま×光源氏という図式にされるに違いない。
 娯楽についての話もした。偏つぎというのがあるという。漢字の偏と旁で遊ぶのだとか。テレビでよく見かけるので、同じ偏の漢字を多く書けた方が勝ちとかですかと聞くと、それも面白そうだねと言われたので、そうではないらしい。後は、貝合わせ、香合わせ、絵合わせなどがあるらしい。
 これらはどれも女性向けだな。
 囲碁も女性の遊びで、男性が主となるのは数百年経ってからになるのだが、伊周さまの一番の楽しみは囲碁なのだそうである。
 俺はというと、囲碁はルールを知っている程度で、そのきっかけが千年前の囲碁指南役が現代で子供に囲碁を教えるというアニメだった。その幽霊だか怨霊だかに伊周さまが似ているものだから、嫌でも連想してしまう。
「光も囲碁を覚えて、私と対局できるといいのですが」
 なんて言われたら、やるっきゃないでしょ。あのアニメで、やりたくなった子供が日本中に溢れてたからな。
 まあ俺はパソコンゲームで碁石を並べていたら、大戦略がやりたくなって止めたんだが。なぜかというと、相手の石に囲まれたって反撃して突破するか生き残れ、諦めたらそれで終りだ! って思ったからだ。長篠城の鳥居強右衛門とか考えたらそうだろ? そしたら次に信長で天下統一を目指したくなって、まったく囲碁はしなくなったのだけれど。
 伊周さまとの話は尽きないけど、お開きになった。
 いやぁ、飲んだな。
 しばらくして暗くなってきたので就寝である。
 現代とは時間感覚がまったく違う。明るくなったら起きて、活動して、暗くなったら寝る。まあ、暗くなってからが恋人や夫婦の時間ではあるだろうけど。
 時刻というものはあるが、現代とはまったく違うし、江戸時代とも違う。似たところもあるし、名残もあるけどな。
 例えば午前と午後というのが現代に名残ってる。
 なぜ午かというと、一日に十二支を当てはめ十二辰刻とし、零時前後一時間を子、そこから干支の順番に割り振って、七番目(子の十二時間後)が午というわけだ。時刻と合わせるなら、二十三時から一時が子、十一時から十三時が午と、二時間ずつ割っていく。
 午の刻の真ん中、つまり十二時が正午で、その前を午前、後を午後という訳だ。夜中の零時は正子だが、こっちはほとんど使われていない言葉だな。
 で、二時間だとアバウト過ぎるから、一辰刻を四刻に分け、一日を四十八刻とし、宮中では漏刻(ろうこく)という水時計を使って計っている。その刻を十に分けたのが分だから、つまりは平安の一分は現代の三分に相当するんだ。
『丑三つ時』とは、丑の三刻目、つまり二時頃ということだな。
 こういう同じ間隔で等分するのを定時法という。
 紛らわしいのが、九つだの六つだのといった言い方で、これは九という陽の極数を子の刻とし、鐘や太鼓を九つ鳴らしたことに由来する。丑は九の二倍で十八、寅は九の三倍で二十七となり、鳴らすのはそれぞれ八回、七回となる。巳の刻で四回になり、午の刻でまた九回に戻る。
 明け六つ、暮れ六つというのは同じ六回の鐘が鳴らされたことからだ。
 これが理解できていないと、枕草子第二六九段『時奏するいみじうをかし。いみじう寒き夜中ばかりなど、こほこほとこほめき、沓すり来て、弦打ち鳴らして、「何の某。時丑三つ、子四つ」など、はるかなる声に言ひて、時の杭さす音など、いみじうをかし。「子九つ、丑八つ」などぞ、里びたる人は言ふ。すべて、何も何も、ただ四つのみぞ杭にはさしける』が何のことか分からないだろう。
 前の『丑三つ、子四つ』は四十八刻のことで、『子九つ、丑八つ』は二時間毎の鐘を鳴らす数、最後の『四つのみ』はまた四十八刻のことである。奏するは言うの最上形で、内裏では帝に聞こえるのだから奏するになる。弓の弦を鳴らして、名前と時刻を遠くから言って時刻を表す杭を挿している音がいいというのだ。ちなみに、沓というのは、木靴のことで、オランダのサボのようなものである。
 一応、俺なりの訳もしておこう。
『時刻を知らせて来るのっていい。すっごく寒い夜中とかに、ゴトゴトと木靴を擦り鳴らして来て、弓の弦を鳴らしてから「係の誰それです、二時」とか「零時三十分」なんて遠くで言って、時刻版に杭を挿す音はかなりいい感じ。外の人は「二十三時」「一時」って言ってるけど、それだと何時だろうと二時間ごとにしか杭を挿していないのと同じじゃない』
 蛇足だが、人とあるのは貴族のことである。平民は人じゃなくて民で、両方合わせて人民と言うんだ。『藤原氏でなければ人ではない』というのも、これで分かるだろう。
 さらに蛇足だが、江戸時代の天保の改暦で不定時法となり、夜明けを六つ、日暮れを六つとし、その間を六等分するようになるのだが、それと混同してはいけない。江戸の時刻を細かく言うと、日の出の約三十分前を明け六つ、日の入りの約三十分後が暮れ六つである。また、六回鳴らすと言っても、その前に三回の捨て鐘が鳴らされるから都合九回鳴らされ、捨て鐘の後の時刻の鐘は最初が長く、除々に短くなっていくので、途中から聞いても何時か分かったらしい。というか、二時間毎だったら察しも付いただろう。
 ということで一般人には判断材料なんて太陽しかないのと同じだ。
 さて、寝るか。って言ってもベッドはないから、あかねが準備してくれた用途不明な布、シーツみたいなのにくるまって、板の間に寝るしかない。
 シーツで板の間って、何らかの刑罰を受けているようにしか思えないな。
 あかねの添い寝が欲しいところだが、それはムリなので、シーツにくるまって横になって考えた。
 元の時代に帰れるのか、それとも帰れないのか。
 でも、帰って高校生しているより、こっちで頑張ってみるのも面白そうだ。たまたまだけど、いい人に出会ったし、可愛い女の子もいるし。
 なんで光源氏とか言ってしまったんだろ。あんまり変な顔されなかったから、まあいいか。後世の影響があんまりないといいけど。
 などと考えているうちに眠ってしまった。
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