印Let's Write The Japanese First Light Novel.
Since 2012-06-01
Update 2014-07-01
携帯・スマホからもご覧いただけます⇒

第1巻 時間と歴史

第2巻 羅述と衛姥

第3巻 事件と救出

第4巻 牛肉と麦酒

第5巻 旅路と佐渡


主要キャラ 画像



枕草子 原文 全323段




  (ルビ表示が正しくない場合)


横 縦     並 大 特大     G M
- 【俺のラノベは平安絵巻】 第1巻:page 11 -
「来ましたね、光」
 俺はぺこりとお辞儀をしといた。
「紹介したい人がいます。ちょっと待ってくださいね」
 と、すぐに入り口の方から声がした。
「私です、よろしいですか」
「ええ、やっと来ましたね。こちらへ」
 外からの声と伊周さま、なのだが、同じ声にしか聞こえない。入って来たのは伊周さまそっくりな人だった。同じ束帯だし。
 三位以上だと文官束帯になるが、今はみんな同じ武官束帯だ。内裏での夜、宿直は衣冠となるのだが、平安も後期になると、昼でも衣冠が正装として定着することになる。普段着は直衣(衣冠と見た目は同じ)、スポーツウェアが狩衣で動きやすくできている。平民だと水干だ。浴衣の原型、湯帷子というのがあって、内直衣という肌着でもあり、沐浴するときに着る。
 どれも中国っぽさがあるが、現代でも和服のことを呉服といい、これは呉の国の服という意味だから、中国伝来なのであって中国っぽいのは当たり前だろう。唐衣というのもあるな。現代での平安装束は実際とは違っている。あれは数百年後に描かれた平安絵巻であって、実際はもっと中国的なフォルムなのだ。
 女性の装束もざっと書くと、十二単は袿というものを襲たもので、現代でいう十二単は五衣唐衣裳であって、これは誤解による混同らしい。一番上に羽織るのが唐衣だ。十二単は男の直衣にあたり、平服でもある。袿が進化したのが和服だな。
 襲というのは重ねるという意味だが、単に袿を重ね着するのではなく、色を綺麗に合わせるのはもちろん、下の色を透かして上の色と合わせたりする襲色目という色のコーディネートまである。どの色の上に、どの色を着ると何という襲色目かなどという名前まであって、しかもどの季節に着るとかさえ決まっているのだが、そこまでは覚えてない。
 閑話休題。
「ふふ、びっくりしてますね、光。これは私の双子の弟ですよ」
「囲碁指南役、藤原伊佐(これすけ)です、光源氏さま」
 双子の場合、ひとりを別の家に預ける風習があって、名前は伊周を助けるという意味で伊佐らしい。どう見てもそっくりなので丸分かりだけど。それと、囲碁指南役と言っているが、正式な職名ではなく、帝の私的な指南役というところだろう。
「見分けるポイントは着ているもの以外ではここです」
「そうここ」
 ふたりで言って目の辺りを指し示しているのだが、違いがさっぱり分からない。
「俺のことは光って呼んでください。伊佐さま」
「分かりました、ヒカル。私もさま付けは止めてもらいたいですね」
 今気がついたが、伊佐って、『武士の命はひとつなりぃ!』って言ってたのと名前が似てるな。「伊佐」「はい。ヒカル」とまた危ない方向性が見えて来ているような気もする。
「では今度、囲碁を教えてあげましょう、ヒカル」
「だめです、光には私が教えることになっているのですよ」
「あ、あのぉ、こんなことを聞くのはあれなんですが、お強いのはどちらですか?」
 そう聞くと、顔を見合わせるふたり。
「最近はあまり打っていませんからねぇ」
「勝ったり、負けたりですね」
「そうそう強さは同じくらいでしょう」
 どっちが喋っても同じ内容だし、どっちが喋っていたのか実際分からなかった。
 現代の囲碁では黒が先手だから、どうしても黒が有利になる。そのため、コミという、その有利さを消す仕組みが導入されていた。以前は五目半、今は六目半、国によっては七目半のコミがある。この時代は、コミはない。
 なぜなら、最初に双方が石を置いてから始めるのが普通で、何も置かずに始めるようになるのは、織田信長に名人と言われた日海あたりかららしい。布石というのは、本当に最初に置いたものだったのだ。大前略の初期配置だな。しかも、この時代は白が先手だったりする。中国から渡った囲碁だが、日本のローカルルールになっていて、中国とも現代ともまったく違うゲームだと思った方がいい。
「伊周から聞きましたが、私にも未来のことは言っちゃだめですよ」
「分かりました。でも、ひとつだけ。もし碁を打っていて、相手の碁笥に自分の石があってもそれを言ってはいけません」
「なるほど、未来人というのは凄いものですね」
 伊佐は感心しきりだ。まあ、アニメの話だけどな。
「では、参りましょう」
 もしかして偉い人のとこに行くのか?
「もしかして……」
 と言うと、分かったのか、伊周さまは普通のことだという感じで答えた。
「ええ、主上のところです」
 平安時代では天皇が正式な地位名で、帝や天子さまとも言い、これらは中国伝来の呼び方である。天帝に代わって地上を治めるということで天子さまなのだとか。父なる神の子というのに似ているな。
 直接関係する立場や場面では、伊周さまのように主上ということになる。
 清涼殿は帝のいらっしゃるところだ。貴族出で、それでも上り詰めてやっと昇殿が適うのであって、平民がどんなに頑張っても絶対にムリだ。後に、足軽から関白にまでなった男がいるけど例外中の例外だろう。
 一条天皇って名前もカッコいい。まあ、出家されたときに一条を名乗られてからの名前だけどな。
 現代も今上天皇にお名前はないのだ。
 昭和天皇(崩御されたのでお名前がある)は迪宮裕仁さま、今上天皇は継宮明仁さま、皇太子殿下は浩宮徳仁さまという称号と名をお持ちだが、その名、諱はむやみに教えるものでも、呼ぶものでもなかった。特に女性は、夫となった男以外には名前を教えなかったという。だから、清少納言とかの女房名が分かっても本名は分からないし、源氏物語でも、名前がなく通称として名前を後に付けているくらいなんだ。
 まあ、俺は分かり易くするために、気軽に諱を書いたりしているけれど。
第1巻:page 12 < 次  枕部之印  前 > 第1巻:page 10

【お知らせ】
広告のお申し込み・当ページプログラム販売など承ります。委細メールにて。
(著作表示より送信)
 
▽ 基礎知識 ▽

平安用語の基礎知識
 
関連用語の基礎知識