印Let's Write The Japanese First Light Novel.
Since 2012-06-01
Update 2014-07-01
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第1巻 時間と歴史

第2巻 羅述と衛姥

第3巻 事件と救出

第4巻 牛肉と麦酒

第5巻 旅路と佐渡


主要キャラ 画像



枕草子 原文 全323段




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- 【俺のラノベは平安絵巻】 第1巻:page 13 -
 あてられるばかりだし、邪魔をしたら悪いということで、みんな下がることにした。
 道隆さまの謁見まではまだ時間があるというので、内裏を出て、さっきの部屋に戻った。伊周さまの執務室か自室らしい。こういうのを式の御曹司(みぞうし)っていうんだ。現代だとおんぞうしって読むな。
 離ればなれだったはずなのに、このおふたりは仲がいい。流石、推定一卵性双生児だ。
 囲碁指南は、決まった日だけ来ればいいらしいが、普通の出仕は、定休日がない。貴族は午前中だけだからそれでもいいが、警備などは二十四時間なので、交代だし非番もある。日曜が休みというのはずっと後になってからだな。あれって向こうの神さまが七日目に休んだからだ。とはいっても、休めないということでもなく、物忌みの日に休むことはよくあったらしいし、病欠もあっただろう。二日酔いで休んだという木簡が出てきたのは平城京だったと思う。
 それにしても、昼飯はまだなのだろうか。遅い朝食だったが、三食食べるのが俺の主義だ。で、思い出した。平安時代の食事は朝と夕の二回。昼飯なし。そう思うとなおさら腹が減った。
 で、ぐぅーと鳴る腹。
「お腹がすいてるのですか? では間食(かんじき)にしましょう。私も朝食はあまり食べなかったので」
 伊周さま、二日酔いだったもんな。
「私は帰りますね、ではまた、ヒカル」
 伊佐はそう言うと帰って行った。
 伊周さまは人を呼んで食事を用意するよう言われた。貴族の朝食は現代で言えばブランチで、仕事を終えて、十時から正午くらいに食べる。夕食は逆に早くて四時くらいからだ。もっと遅く、八時とかなら分からないことはないだろうが、それでは暗くなる。料理を作るのも食べるのも、明るくないとダメだ。電気なんてなくて、薄暗い燭台しかないのだから。明るいうちに後片付けまでできないと困るだろ?
 とはいえ当然、朝食前、夕食と就寝の間などに腹が減ることだってある。そこで食べるのが間食である。貴族はそんなに動かないので食べなくてもいいかもしれないが、動き回ったらそれで持つはずがない。
 平安の食事は結構硬い。主食はもち米を蒸したもの、つまりおこわ、強飯という。
 俺は普通のご飯でも硬めに炊いたのが好みで、おこわも硬めが好きだから、これは問題ない。
 野菜も硬めが好きで、おひたしが柔らかいとがっかりするくらいだ。が、肉の硬過ぎるのと魚の硬いのはダメだ。干物ばっかりなのは京都なので仕方がないが、鯛や鰹の干物ってどうよ。
 現代でも棒鱈とか身欠き鰊は硬めに焚いたのが好きだが、鯛や鰹の干物を焼くと相当硬い。もし、軟らかめが好きな現代人がこの時代に来たら食べられないかもしれないな。卑弥呼の時代はもっと硬かったらしいし、現代は柔らかなものを食べ過ぎなのだ。というか、日本人は、かもしれない。
 テレビでレポーターが、ラーメンのチャーシューを食べて「柔らか~い」などというのだから。柔らかいなら煮豚であって、本当の叉焼、焼き豚とは考えられない。シチューなどなら柔らかいという表現でもいいのだが、世界を見ても、日本人が好む肉はかなり軟らかいもののようである。
 などと考えながら完食。お茶が出されていて、ウーロン茶みたいだが風味がちょっと違う。お茶が伝わってきたのは奈良・平安期で、これは団茶(だんちゃ)というものだ。この当時のお茶は薬であり、団茶は習慣化せずに廃れ、抹茶の登場を鎌倉期まで待たなくてはならない。お茶の木があるなら、自分で緑茶とか作れるかもと思った。
 お茶を飲んでいると、伊周さまはバツが悪そうに言われた。
「私がね、昨日の御酒を頂きすぎたと言ったもので」
 薬であるところの、お茶が出されたことに対してのことだろう。
「俺、これ好きですよ、団茶」
「団茶を知っているのですか。私も好きで。たまに飲むために荘園で作らせているのですよ。毒消しとされていますしね」
「毒消しですか」
「そうです。父や主上にも飲んでいただきたいのですが、どうも好みではないらしく、あまり召されません」
 それって……そうだ、思いついた。
「ちょっとお茶について試したいんですが、その荘園に行くことはできますか?」
「ちょうど方違え(かたたがえ)で行くつもりです」
「それに連れて行ってください」
「もちろん、最初からそのつもりでしたよ」
 荘園行き決定。
 方違えというのは、行く方角が良くない場合に、別のところに一度行くということだが、ここで言っているのはちょっと違う。
 どういうことかというと、まず、屋敷と宮城の方角は年中無休で変わらない。俺の家、いや伊周さまの屋敷は宮城の東にあるから、屋敷からみたら、宮城は西になる。この方角が悪いとなれば出仕できなくなるので、『本宅を移す』のだ。引っ越すのかというと、そうではない。良い方角となる場所に行って、そこで一泊。荘園でも、知り合いの家でもいいが、多くの人は神社仏閣に泊まるから神社仏閣にお金が入って、どんどん立派なものになっていき、京都の神社仏閣が凄いものになっていったのだ。それで、一泊したのだから『ここを本宅とする』と言い切るというか思い込む。だから昨日までの屋敷は別宅であり、たまたまそこから出仕するだけなので方角は悪くない。
 まあ、詭弁だな。
 つまりはよそにお泊まりするだけだ。
 もちろん、そんなことをしているのは、暇で金もある貴族だけだから、ある意味、暇つぶしとか娯楽のようなものだろう。大きなのが四十五日に一度、小さなのが十五日に一度あって、つまり月二回、年に二十四回もあるのだから。二十四節季ってやつだ。
 前に節分について書いたけど、年末年始に旅行に行くとか、二年参りはこれに似てるよな。
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