印Let's Write The Japanese First Light Novel.
Since 2012-06-01
Update 2014-07-01
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第1巻 時間と歴史

第2巻 羅述と衛姥

第3巻 事件と救出

第4巻 牛肉と麦酒

第5巻 旅路と佐渡


主要キャラ 画像



枕草子 原文 全323段




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- 【俺のラノベは平安絵巻】 第1巻:page 30 -
 夕食の支度は終わっているな。では料理開始だ。
 鍋に米粉と甘葛と少しの水を入れ、しばし置く。
 米粉に水分を含ませるためだ。
 米粉と書いているが、もち米を挽いたものなので、上新粉ではない。吸水率・膨張率が違うので、上新粉のつもりで作ってはいけない。
 しばらくしたら火に掛け、かき混ぜる。薪なので火力調節がほぼできないのが痛が、ゆっくり加熱でいいので、最初から弱火だ。よくかき混ぜて、熱が均一に通るようにする。
 しばらくすると、鍋肌から色が変わってきて、糊状になってきた。糊化というデンプンが変異した状態だな。更にかき混ぜ、ここぞというところで火から下ろす。
 で、ひたすらかき混ぜる。
 火から降ろして力を入れ、練るのがこういうもののポイントだ。
 適当な入れ物に入れ、平らにする。鍋に残ったのをちょっと味見。
 砂糖がないから、こんなもんでいいだろう。ここまでの作り方は、ごま豆腐やわらび餅と同じだ。
 これを更に蒸すが、ラップもアルミフォイルもないので布で代用、というか昔ながらのやり方だから、本当はその方がいいかもしれない。蒸したら、冷蔵庫で冷やしたいところだが、できないのでそのまま放置して完成である。
 触ってみると、ぷるぷるよりちょっと硬いくらい。
 一応ういろうのつもりだ。
 上手くいったら、明後日は小豆を入れてみよう。ただ、もち米の米粉なのがちょっと心配で、もしかしたらういろうではなく単に柔らかい餅になっている可能性も否めない。
 現代のういろうレシピでは、小麦粉のことが多いようだが、名古屋の外郎は米粉で作る。なぜ名古屋タイプにしたかというと信長に食べさせるからだ。ういろうがどこ発祥か分からないらしく、京都発祥という説もあるらしいし、信長が知ってるかどうかも定かではないのだけれど。
 それと後は……
 ちょうど諾が来たので、ちょっと手伝ってくれと庭に行き、立派なイチジクの木のところでごそごそするふたり。何をしているかというと、ゴムの樹液採取と同じように、イチジクの木に傷をつけ、そこから出る樹液を小鉢に受けるのである。イチジクの木全体にダメージがないよう、枝から採るように取り付けた。
 そうこうするうち、伊周さま、信長と三人での夕食である。なぜいつも諾がいないかというと、伊周さまが女の子だと知ってるからかもしれない。
 信長に、作って今冷ましているので小腹が空いたら食べましょうと言っておいた。当然、伊周さまが興味を持たれたので、試しに作ったものがあるので、後でご一緒にと話した。
「失敗しているかもしれませんから、あまり期待しないでください」
 これが最重要ポイント。
「では、しばらくしたら、風呂に入りましょう。みんなで入れるくらいの大きさはありますよ」
 伊周さまの言われた風呂というのはサウナのようなものだ。湯帷子を着て入るから全裸じゃない。そうじゃなくてもほぼ真っ暗に近いから裸でも問題ないのだけれど。
 で、食後しばらくして、サウナでのんびりする三人である。
「伊周さま、このまま住まわせてもらっていいんでしょうか」
「当たり前です。出て行くなどと言ったら怒りますよ」
 いい人だ、伊周さま。
「でも、好きな人ができて、その人と住むというのなら喜んで送り出しますけどね」
「そういう切っ掛けって、歌を送ったりしないといけないんですよね」
「そうですね。決まりではありませんが、歌や文を送る方が普通です」
「ムリか……」
「送らない人もいますから、ムリではありませんよ」
 にっこりな伊周さま。
「そうそう、信……ゾロって囲碁が好きでしたよね」
「ああ、好きだが」
「伊周さまも、ご兄弟の伊佐も囲碁がお得意なんですよ。伊佐って帝の囲碁指南役ですし」
「それは善いことを聞いた、伊周殿」
 信長は伊周に近寄った。
「はい」
「後で一局お手合わせいただけるか」
「喜んで」
 おー、藤原伊周対織田信長か、面白そうだな。
 お茶とういろうを出して、みんなで食べながら指すといいかもと思った。
 風呂から上がって涼んだ後、また集まって、今度は囲碁である。優雅で悠々自適なのは貴族なので当たり前だ。
 囲碁に、三コウ(三劫)というのがある。
 コウとは、一目を取って・取られてを繰り返すものだ。ただし、すぐに取り返すことは許されず、取られた直後は他に打たないといけない。だから、取った人はその次で空いたところを埋めて、コウをなくすこともできる。このコウが盤面に三つできるのが三コウで、凶事の前触れといわれているらしい。
 日海、後の本因坊算砂と日蓮宗僧侶の利玄の対局が本能寺であり、そこで三コウとなって、その数時間後、本能寺は焼き討ちに遭ったとされる。よく聞くエピソードだが、どうやらかなり後、二六〇年後とかの創作らしい。この本能寺の変の前後にこんなことがあったなどという逸話は、後の著述者の意図が入り過ぎているだろう。『あの時、実は』というのはドラマチックだもんな。
 対戦はというと、とりあえず、四子でやってみることになったようだ。信長は五子置いて、ころっと日海に負かされ、まことの名人なりと言ったとか。何となく、伊周・伊佐は本因坊クラスだと思っているので、もっと置いてもいいように思う。伊周さまに本気でやって、実力を見てくださいとお願いしておいた。
 で、予想通り信長はころっと負けた。
「伊周殿、お強いな」
「いえいえ、なかなか勢いのある碁でした」
 性格的に、勢いしかないかもな。
 信長的には囲碁は戦略を立てるのにいいからとやっていたらしい。信長の戦略って配下の武将の力、秀吉とか光秀とかに寄るところが大きいかもしれない。もしかしたら大戦略とかを信長にやらせても面白いか。いや、信長の野望をまんまやらせた方が面白いかも。おのれ光秀とか言って、すぐに切腹させるかもしれないけど。
「ゾロ。打ってみて、日海と比べて伊周さまってどうでした?」
 一番知りたいのがそこ。
「同じ、いや、もしかすると伊周殿の方が強いかもしれぬ」
「あ、やっぱり」
 もう一度、今度は伊周さまの提案で六子でやるらしい。さっきよりは時間がかかるだろうからお茶を用意しよう。
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