印Let's Write The Japanese First Light Novel.
Since 2012-06-01
Update 2014-07-01
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第1巻 時間と歴史

第2巻 羅述と衛姥

第3巻 事件と救出

第4巻 牛肉と麦酒

第5巻 旅路と佐渡


主要キャラ 画像



枕草子 原文 全323段




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- 【俺のラノベは平安絵巻】 第2巻:page21 -
 数日後、人も手配でき、唐箕も完成して製粉も目途が立ち、瑠璃たちに任せてうどん屋を準備させていた。
 俺はというと乗馬の練習である。
 これだって仕事なんだ。
 多分。
 教えてくれるのは信長、俺以外にもこうきんも一緒に教えてもらう。
 信長が俺に使えと言ったのは白馬はくばだった。他の3人が使っている日本在来種の馬は小さめだが、俺や信長のはそれより大きい。日本の馬は輸出されているが、いくらかは輸入もしているということだろう。
 珍しいものを入れるのだから、普通の鹿毛かげより赤いとか、白いというのになる。デカいし、他の人たちは妙な色を気味悪がって避けるから、信長や俺のところに回されたということかもしれない。信長は下賜されたと言っているが、押しつけられただけだったりして。
 馬は体高という、肩までの高さで大きさを示す。
 サラブレッドが160~162cmとほぼ同じなのは、血統を重んじるためだろうか。英仏にはもっと大きな種類もあって、サラブレッドより10cmも高い種類も存在する。アラブで150cm程度、北アメリカのものはもう少し小さく、南アメリカでは更に小さく日本馬と大差ない。小さい代表のポニーはイギリス原産で、100~112cmである。
 日本の馬(在来種)は、古墳時代に蒙古もうこから持ち込まれたものだという。日本馬を騎馬にできないとする人がいるが勘違いである。現代では、本州・四国などでは132cm程度、沖縄などでは100~120cm程度とされるが、同じ蒙古馬の子孫なのだ。
 実際、俺や信長の馬で150cmちょっと、他の3人の馬も140cmくらいはある。
 江戸時代に馬車が禁止されていたため小さい方が都合が良く、近世までに小さく淘汰されたのではないだろうか。これは人の身長も同じで、平安時代の平均は女性が150cm程度、男性が160cm程度で、江戸時代末期の平均女性143cm・男性155cmより大きい。
 信長より10cmは俺の方が身長が高いのだが、信長はひらりと乗り降りしているのに、俺は乗るのも一苦労だ。
 馬の右側から、あぶみに右足を掛けて、体を馬の上に押しつけるようにくっつけて、左足を持ち上げて乗る。自転車とか左から乗っていたから、かなりやりにくいのだが、信長が絶対右からだと言うのだから逆らえない。西洋は逆だから、もしかしたらこの習慣が車の右ハンドル・左ハンドルに繋がるのかもしれない。
 やっと乗って、信長に馬を牽いてもらっての歩行練習である。
 ただ歩くのを『常歩なみあし』といい、上下動もなく、乗っかってる感じ。
 英語で言うと、ウォークwalk
 そんなに揺れないし、あまり怖くなかった。
 しばらく歩いたら、『速歩はやあし』である。
 英語で言うと、トロットtrot
 速歩には2種類ある。
 前足と後ろ足の同じ側を前に出す『側対歩』と、反対側を前に出す『斜対歩』で、人間で言うと、足と手の同じ側を前に出す(江戸時代まではこれが普通、難波歩きともいう)のと、現代人のように左右逆側を出すものに相当する。馬本来は斜対歩で欧米の馬術はこれだが、モンゴルや日本は揺れが少ないことから側対歩となっているという。
 常歩の倍くらいのスピードになって、少しビビる。
 ちょっと走らせるかなどと信長が不穏なことを言い出した。
駈歩かけあし』は常歩の3倍以上のスピードで、普通に馬が走るのがこれ。
 馬的にはジョギングというところだろう。
 英語で言うと、キャンターcanter
 馬を信頼してしっかり手綱を持っていれば大丈夫だと言われる。大きくゆったりとした揺れなので、タイミングが分かるとそれほど怖くなく、楽しくさえなってきた。
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