印Let's Write The Japanese First Light Novel.
Since 2012-06-01
Update 2014-07-01
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第1巻 時間と歴史

第2巻 羅述と衛姥

第3巻 事件と救出

第4巻 牛肉と麦酒

第5巻 旅路と佐渡


主要キャラ 画像



枕草子 原文 全323段




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- 【俺のラノベは平安絵巻】 第5巻:page42 -
 翌朝、いよいよ越後国へ向かう。
 越国こしのくには、大和国から見て、何かを越えた国ということだろう。その越国は、越前、越中、越後に分かれたが、越前から能登が遠いという理由で分けられ、次に越前から加賀が分離し、佐渡国を入れて6国なはずだが、なぜか若狭国をも加えた7国とされている。これは淡湖あわうみ(琵琶湖)の先の山を越えたところということなのかもしれない。ともあれ、その最遠方が越後で、佐渡との航路がある辺り(現代の寺泊近辺)までで北陸道は終わりとなる。越後はコシノミチノシリと読まれている。越中はコシノミチノナカ、では越前はというとコシノミチノクチである。
 その奥の出羽(日本海側)や陸奥(太平洋側)にはどう行くかというと、官道を使うなら、美濃(岐阜)、信濃(長野)、上野こうづけ(群馬)、下野しもつけ(栃木)を通る東山道を行き、その先の出羽路や陸奥路から向かうこととなる。
 道も悪くなるかもしれないが、それ以上に親不知おやしらず子不知こしらずという難所があり、そこは最初から大変だと思っていたところなのだ。山が海岸まであって、道がないため、海岸を歩くのである。
 日本海の冬は西からの季節風によってかなり荒れる。その波の合間を縫って通らなければならないため、親のことを気にしてもいられず、子を心配してもいられないということなのだ。だから、冬には来たくないというのもあった。子供の頃から親にそう聞かされていたこともあるからなおさらである。
 海が荒れていなければ、さほどの問題はないだろうし、海岸を通ることを見越して馬車の車輪を設計しているから通れなくはないはずだ。
 今日は飛鳥と瑠璃が乗るのだという。
 越中国府を早発ちして、水橋、布勢で休憩し、国境に近い佐味駅で朝食と長めの休憩をした。ちなみに、佐味というのは越後にもあるので何か意味がありそうだ。佐渡が見えるからという人もいる。奈良の西佐味はニシサビで別ものなのかもしれない。ちなみに、俺ならセサミと読みたいところだ。
 さあ、行くか、一応無事を祈って柏手を打つ。那美とてるとつきも一緒にやっていた。大丈夫なのだろうか、かなり不安がぎる。
 海岸に着くと、海はのたりのたり、大丈夫そうである。
 最初が親不知、そこを越えると子不知となる、およそ15キロに及ぶ海岸線を進まなくてはならない。そりゃ辛いだろう。
 とはいえ、この時点ですでに驚いている俺がいるのだが。
 馬車じゃ行けないじゃないか!
 子供の頃に親不知海岸に行った記憶があるのだが、それが続いているのだと思っていた。子供だったからな。砂浜じゃないし、切り立った断崖まで波が打ち付けているところもある。現代よりは歩けるように整備されてはいるが大変そうなのは見たら分かる。かといって、他に道もないから通るしかないのだが。
 上杉謙信は越後から越中や信濃に毎年行軍しているが、どうやって行ったのだろう。
 一旦降りて作戦会議である。
「え? あたしらの話はなしなん? 何かあらへんの?」
「まあ大した話もしなかったのぢゃから仕方ないぢゃろ」
 それはさておき、出て来た案は次の通り。
 プランA、駅まで戻って馬車を置き、そこから徒歩で進む。
 プランB、港まで戻って、馬車を預け船を借りる。
 プランC、行けるかもしれないので、とりあえず馬車で進んでみる。
 多数決によりプランCが選択された。理由は歩きたくないからだそうだ。
 神のご加護と運を頼って、馬車で進んだ。当然、すぐにどうすんだというポイントに遭遇した。
 岩場であり、波に洗われている岩壁に沿って行けばなんとか通れるのかもしれないが、馬車だと完全に海を通るところも出てくるだろう。あの岩の感じでは車輪では通れないのではなかろうか。
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